雑誌「青藍」について
近世、蜂須賀氏が吉野川流域(北方)での阿波藍の生産・流通に積極的な保護・統制を加えることにより、当初二流品であった阿波藍は全国市場をほぼ独占するに至り、「御国産第一乃産物」と呼ばれるようになりました。本誌も徳島を代表する雑誌として全国の研究者に認知されることを願って、”藍”を使いました。
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Last-modified: 2008-01-11 (Fri) 12:14:55 (JST) (230d) by millet

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